はじめに

「英語のジョークやことば遊びを日本語にどう訳すか?」

これはゲーム翻訳(ひいては翻訳全般)に関わる人にとって頭の痛い問題なのではないでしょうか? エンタメ作品であるゲームには、読む人をクスっと笑わせるような小ネタや冗談が豊富にちりばめられています。しかし、ひとたび翻訳という立場で見ると、こうしたジョークは高い壁として立ちはだかります。英語でしか意味をなさないことば遊び、英語圏でしか通じないネットミーム……笑いのエッセンスを完全に日本語に移し替える方法はなく、しばしばジョークは「翻訳不可能」とさえ言われます。

とはいえ、そこにジョークがあれば少しでも面白く訳したいと思うのが翻訳者というもの。筆者も英語のジョークにぶちあたったら時間の許す限り頭をひねって面白い訳を考えるように努力しています。今回は筆者がジョーク翻訳する際に考えていることを文章にして整理したいと思います。

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TL;DR

題材としては今年担当した**「ハースストーン」**(以下「HS」)を取り上げます。ジョークの翻訳を語るのにこれほどふさわしいタイトルはないでしょう。HSのカード1枚1枚に添えられた「フレーバーテキスト」では開発者がハメを外しまくっており、あらゆるジョークの類型を観察できるといっても過言ではありません。また、HSはユニークな日本語訳にも定評があり、翻訳の枠を越えた「超訳」の実例を学ぶ恰好の題材でもあります。

筆者について

筆者は2024年から25年にかけてActivision Blizzardの社員として日本語ローカライズに関わっていました。「ハースストーン」のクレジットにも載せてもらっています。が、執筆時点ではすでに退職しており、会社とは一切関係ありません。この記事はあくまで個人の立場で「ハースストーン」のことばの魅力を伝えたいと思い書いてます。

また、記事で取り上げる日本語訳を**「筆者が訳した」という誤解を与える意図はまったくありません。**ローカライズには多くの人が関わっており筆者が果たした役割はわずかです。在職期間外のものを中心に、製品に採用されている訳から例としてイイ感じのものをピックアップしています。

目次

ジョークの分類

「どう訳すか」という話に入る前に、まず英語のジョークにはどんなタイプがあるのかを整理したいと思います。なぜこれが大事かというと、タイプによって翻訳のストラテジーもおのずと決まってくるからです。

3つの大タイプ

筆者が考えるに、英語のジョークは「笑いのポイントがどこにあるか」によって大きく3つのタイプに分かれます。

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① 内容系:書かれている内容そのもので笑わせるタイプ ② ことば遊び系:内容ではなくスペルや発音の妙を楽しむタイプ(要するにオヤジギャグ) ③ パロディ系:ほかのゲームや映画など、「教養」がある人にだけ通じるタイプ

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もうお分かりの通り、翻訳が難しいのは圧倒的にことば遊び系です。が、ことば遊びにもいろいろあり、それによって難易度は大きく変わります。また、パロディ系は「元ネタが日本の読者に伝わるか」という別種の難しさがあると言えます。個人的にはこの3つの中だと内容系がゲームの世界観が広がる感じがして読んでいて好きですね。

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